きっと今の小学生も読書感想文が夏休みの宿題のひとつだったりするんだと思います。σ(ΦωΦ)オイラ、読書感想文を書くときには、どうやって句読点や段落で文字数をかせいで、なんとか、規定の枚数に達するかということに頑張っていた記憶があります。また、内容も、結局、物語の登場人物に対して、一方的に質問する形になっていたり。
ワープロ専用機を使えるようになってから、文章打つのが楽しくて、書いてばかりいる自分としては、そんな頃のことを思うと不思議に思えます。レポートとかだったら、確かに大学生の頃も同じように、文字数をかせいでいたような気はしますが。(*´∀`)ゝ ああ、そうか。その頃は、ワープロというより、原稿用紙に書いていたような。あるいは、原稿用紙にぴったりおさまるように印刷するとかね。というか、よく思い出してみれば、手書きの頃も、日記のようなものはよくノートに書いていたのだった。
そういえば、σ(ΦωΦ)オイラの書いてきたブログでは、本を読んだ感想ってあんまり書いてないなー。書いてる場合も、ネタばれにならないように、断片的に書いてたりするんだよね。とくに、感情を動かされた物語について、それを書くというのは、難しい面もあるような気がします。ある意味とても私的でデリケートなものであり、自分自身の中にとどめておきたい、また、言語化すれば、それは数語にすぎない、そんなことなのかもしれません。
音楽なんかも、そんな面があるように思います。以前、曲の感想を書いたことがあるけれど、聴いてもらうのが一番よく、結局、(・∀・)イイ!!とか(*´Д`*)ぃい〜としか言いようがなく、それに付け加える言葉はあまりないのではないかと思いつつ、書いていましたからね。
2009年09月06日
読書感想文
2009年06月01日
栗本薫
栗本薫の報が、どうやら本当らしいと分かった後、しばらく、下半身に力が入らない感じがした。
あとがきには、病のことは書かれていたけれども、それでも、まだ、もうしばらくは続いていくものだと思っていた。一時気程のペースでないにしても、それでも、著述のスピードは、他の作家を圧倒していたからだ。でも、グイン・サーガの時間は止まり、もう物語が紡がれていくことはないのですね。
私が栗本薫の作品に出会ったのは、やはり、グイン・サーガでした。当時、20数巻程度でしたでしょうか、その当時にしても、随分と刊行数が多い作品でした。私は高校の図書館に入り浸っていて、そこには、なぜか掘り出し物的な本がたくさんあり、探せば探しただけ、おもしろい本が見つかったものでした。そんな中、なんで、高校の図書館にこんな本が? とちょっと不思議に思っていた目立つ背表紙が並んでいました。豹頭の主人公なんて感情移入できるのだろうか、物語の制約も多いだろうにと思って、しばらくの間は読もうとしていなかったのですが、いつの日か手にとっていました。1巻の内容は、まだ最近読んだように思い出せます。面白いのは、もっと後の巻の方でしょうけど。
当時のあの洋モノの翻訳っぽい表紙、加藤直之でしたね、そのあと、天野喜孝になって、この人の絵が一番印象的だったな。それから、末弥純になって、インパクトはないけれども、みんながそれなりに納得できるような絵になって、その後はずっと末弥純の絵だと思い込んでたんだけど、確認したら、丹野忍になっていたんですね。
魔界水滸伝も好きでした。あの作品は、世紀末であったあの頃だったからこその作品でもあったかもしれません。でも、いつか続きが読みたかった。
グイン・サーガに出会ってから、高校の図書館に栗本薫の作品はそれしかなかったし、市立図書館に栗本薫の作品を探しにいったら意外とあって、「ぼくらの時代」とか「伊集院大介」シリーズも読んだけれども、当時、そこで見つけた本で、今でもとても印象に残っているのは、単行本で「レダ」。とても厚い本で、そして、なかなか物語が終わらない厚い本が嬉しくて。内容はもう断片的にしか覚えていないけれど、あの作品はすごかったなという記憶が今でもあります。それから、グインと同じ世界なんだけど(でも、やっぱり違う世界なのかな?)、全然時代が違って、もっと昏い時代の作品、「トワイライト・サーガ」。あれもよかった。物理の時間にこっそり読んでました。あれらの本は今でも入手可能なのだろうか。図書館に行けば、いまだにあるのだろうか。
グイン・サーガは、もともと、100巻まで続けるという、それ自体が夢みたいな話だったんだけど、軽やかに達成して、それでも、話はまだまだ終わりにはならなくて、こんなことなら、100巻で一度完結してくれていたらと思わなくもないけれど、でも、栗本薫が書きたいように好きなように書くのが一番いいのだろうと思った。
ああ、そうだな。今までも、ちょっとだけ、グイン・サーガのことをブログに書いたりはしたこともあるけれど、ほとんど、感想らしきものは書いていない。栗本薫が存命中にファンレターの一通でも出せばよかった。
調べてみたら、レダもトワイライト・サーガ
ももう絶版みたいだけれど、今は、古書店や図書館を巡らなくても、読むことができる。文庫本でも出ていたのですね。私は当時読んだ単行本の方を購入しました。
一人の作家がいなくなるということは、その作家が描いていた世界もそこで止まるということ。もう、グインも、マリウスも、イシュトヴァーンも、リンダも、ヴァレリウスも、ヨナも、スカールも、時を停めたまま。昔は本を何度も読み直したけれども、今は、読んだら、読み返すことをしなくなった。だから余計にそんなふうに思うのだろうね。内容を覚えているうちは読み返さないと思う。20年以上時が経ったら、また読み返すかもしれない。
栗本薫の作品では、読んでないものもある。ヤオイ系のものとか。多分、これからも読むことはないだろう。でも、レダとトワイライト・サーガを未読な人がいれば読んでみたらいいと思う。まだ読み終わっていない人にとっては、栗本薫の作品は、いきてまだそこにあるのだから。
2008年09月21日
角川文庫
少し長い時間電車に乗ることになったので、文庫本を買うことにする。
角川文庫を読むのも久しぶりだ。
綺麗な絵の描かれた表紙のカバーをとると、紅い紙が出てきた。
ああ、昔と同じだ。変わってないんだ。
なんとなく、なつかしく、そして少しほっとした。

2007年05月05日
神様が用意してくれた場所
神様が用意してくれた場所 | |
![]() | 矢崎 存美 Fuzzy Amazonで詳しく見る by G-Tools |
内容は、ちょっとだけ不思議なことに小さい頃から縁がある女の子のお話。ちょっとだけじゃなくて、もっと積極的に関わっていく話なんだけど。ところで、変な意味じゃなくて、女の子ってなんかいいよね。
それで、えーと、全話セットで2,100円て価格は、元の本の価格の609円と較べると、いかにも高いよねーっとは思う。原文テキストが手に入るわけでもないし(まあ、手にはぃってもしょうがないけど。)。ただ、今回は、ちょっと興味持ってしまったので、エイヤッ(・`ω´・)ノで買ってしまいました。
ただ、この値段だと、あまり気軽に買えるものではないなあ。朗読するということで価値があがってるのかもしれないけど、σ(ΦдΦ)オイラにとっては、自分で本を読むより、利便性を除けば朗読がより優れてるというわけでもないしねえ。
それで、実際に聴いてみると、なんか新鮮な感じ。本読むときは、例えば電車の中とか、移動中が多いんだけど、満員電車でも問題ないんだよね。なんかスゲーΣ(゚∀゚)。σ(ΦдΦ)オイラは、歩きながら動画を見たりもするけど、これなら、聴くだけだから、視線はちゃんと前に向けてそれで大丈夫。これって、もしかして、大変なことw|;゜ロ゜|wなのかもしれないと思いました。
元の本の値段と同じか+100〜200円くらいなら、いろんなお話をダウンロードするんだけどね。この作品の収録時間は5時間7分あるし、いっぱい売れないとそんな価格設定はムリなのかな。ゥ─σ(・´ω・`*)─ン…
ラジオって、ある意味、こういうのに近い。ラジオドラマっていうのもあったよね。ただ、今回みたいに、書評を見て、じゃ、聴いてみようって感じにはならないんだよね。Podcastもいいんだろうけど・・・、そういえば、AOR奥様も楽しみにしていますが。本の代わりというか、朗読というか、そういうものも欲しいよね。
そういえば、朗読なので、読む人は一人です。もちろん台詞によって読み方を変えていますし、そのへんはプロなので、それはそれでいいんですが、多分、ドラマCDみたいなのとは少しだけ違う感じです。
それで、基本的に移動中とか待機中に聴いてたんだけど、最終話は、もう家で聴いてしまいました。
■追記
なんか、聴き終わってしばらくたつと・・・矢崎存美
注文しまくり(;´Д`A ```
2006年04月08日
PC−8801伝説
10年前くらいの話ならともかく、20年前はやばいよ。
20年くらい前だと、なんとなく今の自分につながる過去って感じがする。
でも、20年もたつと、さすがに時代は変わっていて、そのときのことを思い出すとぐわーっとくる。よく覚えてるから、とくに。
PC−88は友達が持っていて、羨ましかった。ザナドゥとかすげーって思ったよ(残念ながら、ザナドゥは付録のCD−ROMに収録されてないけど。)。でも、PC−6001mkIIを持っていて、あれはあれでよかったけど。
当時のパソコンと今のパソコンは、その性能だけではなくて、モノ自体が違うもののように感じる。
当時のパソコンは、パソコン自体が目的。パソコンで何かをすること自体が楽しかった。
今のパソコンは、手段。パソコンで何をするのかっていうのが、中心。パソコンを使って、デザインをしたり、パソコンを使ってレポートを作ったり、パソコンを使ってWebを見たり、印刷したり・・・。
そのパソコン自体が目的っていう時代は、もう戻ってこないだろうと思うのです。当時は、プログラミング(このパソコンで何ができるのか)とか、今までできなかった何かができるというのが楽しかった。
当時やってたことは、当然のことながら、今のパソコンで余裕でできることなんだけど、逆にあまりにも高度なことができすぎてしまって、アマチュアが手を出す気になれなくなったということだと思う。
結局、隅々まで読んでしまいました。PC−88持ってなかったのに。
PC−98の本もあるようです。それも買ってしまいそうです。
2006年01月31日
ASAHIパソコン休刊!
いい雑誌だったのになー。
パソコン雑誌、他にもいろいろでてるけど、競合誌はなかったと思う。
マニアックに走らず、一般に分かりやすい記事をこころがけ、でも、たまにちょっと濃ゆいところもブレンドしてみたり、ちょっといい感じ。
ひろゆきの気の抜けたコラムや文月涼のデジカメの記事なんか楽しみにしてたのになー。
内容も多岐にわたっていたし、他の雑誌と違って一般の人でも手に取りやすい雑誌だったと思う。
雑誌の一番うしろに休刊のお知らせって書いてあるんだもんなー。
(´・ω・`)ガッカリ
いや、ホント、これに代わる雑誌はあるようでないと思うよ。
週刊アスキーも好きで買ってるけど、ちょっとジャンクっぽい感じ。
PS USERは、まとまっているようで、なにか足りない。
日経パソコンは、最近、どうしちゃったの〜って感じ。
うううむ。
昔、あまり、雑誌とか買えなかったころ、ASAHIパソコンは安くて買えたから、パソコン雑誌に飢えてた私は楽しみにしていたものだよ。
科学朝日−サイアスも、もうないし・・・。
ASAHIパソコンだからこそ、取材させてくれるところなんてのも、ASCIIとかIMPRESSとかソフトバンクとかとは違うところであったと思うんだけどね。
2005年12月11日
POLGARA THE SORCERESS

読んでしまいました。
最後の巻「純白の梟」も一気読みをしてしまいました。
面白かったと思うけど、では、どこが? って訊かれると、なんともうまく言えません。
多分、ポルガラの感情、それ自体に読み応えがあったのかもしれません。
それから・・・
ナドラクで、ポルガラが挑発的な格好で踊りを披露するところなんかも、よかったですねえ。
実際見てみたい。
(ノ・o・)ノホイホイヽ(・o・ヽ)ホイホイ
思うに、この物語は、神の力や、魔術の力など、物語を破綻させかねない設定を、「制約がある」「ルールを守る」ということで、成立させているんだと思う。
だから物語になるんだと思う。
物語の都合上あるようにも見えるその制約は、工エエェェ(´д`)ェェエエ工って思えることもないこともないけど、でも、そんな制約の中で、がんばってる登場人物達は活き活きとしています。
これからも、こんな物語を読んでみたいものです。
とりあえず、エディングスの他の作品、エレニア記とタ(・ε・)ムール記は、例によって実家にあるから、年末年始にでも読むことになるかも。
しかも、エディングスには、The Dreamersという新しいシリーズもあるそうです。
神様の物語らしい・・・。まあ、ベルガラスもポルガラも、ほとんど神様みたいなものでしたが。そんな感じなのかな?
今、見てみたら、すげえ(゚口゚;)、ダウンロードもできるよ! 英語だけど・・・。
2005年11月21日
マロリオン物語
電車に乗ってるときとか、眠る前とか・・・。
一度読んだことのある物語だから、そういうことができるんだな、と自分でも思っていた。
途中で読んでた、ネコソギラジカル〈下〉は一気に読んでしまったからね。
でも、7巻あたりから、ずっと一気に読んでしまって、全巻読破、結局、朝になっていたよ。しかも平日(゚д゚lll)
もっとも、初めて、この物語を読んだときも、一気読みしていたと思う。
もちろん、当時は、刊行されるごとに買っていたと思うけど。
当時も、意識が朦朧とした状態で読んでいて、だから、今、新鮮に読めるのかもしれない。
ベルガリアード物語を面白いと思った人には、これも面白いです。
読むべし。
あ、でも、まだ再刊してないだろうから、古書店等でお探し下さい。
エンディングもいい感じ。なんかアッサリ、スパっと、唐突に終わってしまう物語ってよくあるじゃない?
たけど、ほどよく、エピローグがあって、ああ、いい感じといったところ。
蛇足だけど、ベルガラスの物語を読んだときにも思ったことだけど、なんで主人公達はすぐに捕まるかなー。というか、うまくだしぬいたと思ったら、実は、そんなことなかった・・・て感じだよね。結局、ガリオンだって、生まれた頃から、その存在は、知られてしまっていたわけだし。なんか、そういう話の特徴があるよね。
さて、これで、買ってはいたけど、まだ読んでなかった、ポルガラの物語の第2巻を読むことになりそうだよ。
そのあとは・・・。エディングスのもう一つの物語があったから、それをもう一度読み返すのかな。
多分、それも新鮮に読める筈。
ああ、でも、平日の朝まで読んでしまったりしないようにしたいけど・・・。はたしてどうか(゚д゚lll)
2005年10月17日
運命の姉妹

ポルガラのお話面白かった・・・。
ベルガラスの話もよかったのだけど、2巻、3巻と進むにしたがって、登場人物が、一時的なものになっていった。
長い時代の話なので仕方ないのだが、物語というよりも、そのときどきの出来事を語るような形になってしまっていた。
ポルガラの話もこれからどうなるかは分からないけど、今のところ「物語」だ。
だから、とても、楽しい。
それに、ベルガラスの物語を読んだあとだと、思わずニヤリとしてしまうような場面も・・・。
さて、それで、ですねー。
実家に行ってきましたよ。
ベルガリアード物語とマロリオン物語を見つけてきましたよ。
ヽ(゚∀゚ )ノ
いやあ、しかし、なんか、さがしまくったけど、すごくありました。本が・・・。
笹本裕一の「スターダスト・シティ」、そういや、そんな本もありましたなあ、とか。
ポール・アンダースンとか、マイクル・ムアコックとか、指輪物語とか、リフトウォー・サーガとか、あれ? こんなの読んだっけってな本とか。
なんか、ハヤカワ文庫と創元推理文庫とソノラマ文庫とかで、育ってる感じやね。
というか、その頃の自分が、生々しく保存してあって、うわって感じでもあった。
ただ、グイン・サーガは、ずうっとなんだなあ。そういえば、新しいの出たみたいで買ったけど、まだ読んでない。
それはともかく、まずは、ベルガリアード物語第1巻「予言の守護者」・・・。
うわあ、こうだったんだーって感じ。
今なら、分かる。この話には、ああいう経過を辿って至ったのだと。
だから、なんか読むのが丁寧になる。
それに、なにぶんにも、前読んだときから、ずいぶん時間がたってるから、新しく読める。
というか、多分、マロリオン物語に出てくる重要人物であろうエリオンドって誰だっけ? (・-・)?はて、というくらいですから。
見たらすぐに思い出しそうではありますが。
2005年07月24日
魔術師ベルガラス
そういえば、デジタルカメラマガジンもそうだけど、アサヒカメラとか日本カメラ等の雑誌と較べて、ちょっと大きめのサイズ。その分ページは少な目だけど・・・。
でも、写真を載せるのなら、こっちの方がいいと思う。アサヒカメラとか日本カメラでは、2ページにわたって1枚の写真を載せたりしているけど、雑誌自体が厚いことも手伝って、これを写真として見るのはどうだろうねぇ・・・という感じられる。
話が少しわき道にそれました。
あ、そうそう。前回書いたプリンターは、まあ調子いいです。カラーも試し印刷したし・・・。でも、とりあえずはテキストを印刷したかったので、写真画質の印刷は先のことになりそうです。A3ノビも印刷することはあるのかなあ・・・。
すいません。話が・・・。元に戻します。
本屋さんに行ってみたら、魔術師ベルガラス1巻「銀狼の花嫁」という本が出ているのを知って、即購入。
デイヴィッド&リー・エディングスですよ。
あの、ベルガリアード物語やマロリオン物語の続きというか、それらに続くものというか。
それが、いつのまにか、でているなんて!
ベルガラスが自らの半生?を語る形で物語りが綴られています。
いやあ、久しぶりに、エディングスの本を読ませていただきました。面白かったです。
でも、前のお話が出てから、時間がたちすぎていて、主要なキャラクターの名前は覚えてるけど、細かいところとか、どうだったかなあ・・・というところがあります。
と、いうことは、また、ベルガリアード物語から読み返しても、面白く読めるかな!? という気がします。
実家においてある筈なので、今度、機会があったら読むとしよう。
ところで、ベルガリアード物語→マロリオン物語と続くのですが、マロリオン物語は今は絶版!らしいですね。そのうち復刊するだろうとあとがきにありました。
あ〜、こんなにも面白い物語が日本では絶版ですか。そうですか。驚きです。
ロードオブザリングとかハリーポッターとかで他社が売れているときに、売ってなかったのかあ・・・と変な感じです。
ベルガリアード物語もマロリオン物語も、古書店でも手に入ると思うので、こちらを読む前に、そちらを先に読むといいです。
というのは、最初にそれらの物語のネタばれの話が書いてあるので。しかも、あとがきを読んでも、わざわざ注意事項として、この本の前のお話があるんだよと書いておきつつネタばれしてるし・・・。いかんなあ。
これらの本は超お薦めですので、読んでみるといいと思いますよ。ただ、全部読むとなると、それなりの時間が必要なので、しかも、いったん読み始めるとやめられなくなると思うので。これが私の注意事項です。
でも、こういう読み方もありかな。
魔術ベルガラス1巻34ページからなら、読んでも大丈夫かと思う。多分。あとがきは読んではだめで、2巻、3巻でも場合によっては、ページを制限して読んで、それから、ベルガリアード物語に進む・・・。と、時系列的に読めるかもしれません。
うーん。でも、まだ2巻や3巻もでていないようだし、やっぱり普通に出版年順に読んだ方がいいような気がしますが。
2005年07月04日
ヨーロッパ退屈日記
そうしたら、この度、新潮文庫から再刊されたようなので買ってみた。
まず、読んでみて思うのは、この本は、元々は昭和40年に刊行されたものであるということについてである。
昭和40年て、あんた、今から40年も前じゃないですか・・・。
それなのに、この本については、そんなことは、あまり問題にならない。古典とはちょっと違うだろうと思う。
昭和40年には、既にこのような内容が書かれていて世に出ていたのだなあ。
あまり時代は変わっていないのだなあ、とも思った。
逆に言えば、昭和40年にこのような本が出ていながら、結局、あまり変わらなかったんだなあ、とも思う。
とはいえ、最初に書いた野口悠紀雄のように影響を受けた人もいるわけか。
影響と書いたが、少し大げさかもしれない。そんなに大それた本というわけでもないのだから。どちらかと言うと、気楽に読む本なんでしょう。
この本を読むと、作者は、ずいぶん面白い人のように思えるし、どんな活躍をしたのか、どんな作品を作ったのかと気にもなるのだが。伊丹十三の作品というと、マルサの女くらいしか印象に残っていない。
そういえば、この本に書かれている絵は、作者本人が描いたものだ。それを知って驚いた。
なかなかいい味わいのある絵である。
以前より、小説(この本は小説ではないが)の挿絵って、小説そのものの一部として機能しないものかなあと思っていた。
究極的なのは漫画かもしれないが、漫画は逆に文章がかなり制限されてしまう。少年ケニヤみたいなのがいいのだろうか?
挿絵って結局、挿絵画家が小説を読ん(あるいは連載ものだと場合によっては予想して)、自分の感じたことを絵にするって感じ。
それはそれでいいのかもしれないけど、でも、それは、内容と一対一ではない。文章を読む以上に、挿絵を見て気づくことはないと思う。挿絵はイメージを喚起する助けにはなるかもしれないが、それが、作者の意図しているものとは必ずしも同じではないかもしれない。方向性は一緒かもしれないけれども。もっと、密接に、作品の内容とくっついたものが見てみたいと思っていた。
挿絵を描く人の立場は、我々読者とほとんど変わらないということだ。挿絵は挿絵画家の解釈が入っているか、あるいは、解釈が入らないように、最大公約数的又は一例的なものになっているといったところではないだろうか。
挿絵から、その本の作者の意図を読みとるなんてことは普通できない。
つまり、挿絵って、普通は参考にする程度くらいだけど、この本に描かれている絵は、文章に書かれていることそのものと考えていいはずなのである。
まあ、旅行記などで、文章と挿絵(あるいは漫画)が一緒になって一緒の作者が書(描)いているものもあるけどね。
話は、最初に書いたことと矛盾するようだが、旧き良き時代という感じもする。旧き良き時代の才能があって、才能を活かしている方の話を聴いているという感じ。ただ、それが、私の持っていた伊丹十三のイメージと一致しないだけなんだけど。といっても、もともとそんなに持っていなかったのだから当たり前か。
2005年07月03日
狼の翼
ウルフタワーシリーズも、すべて読み終わってしまった。
4巻もかなり波瀾万丈な内容だったけど、そうだな・・・、私としては、3巻までが最高! 4巻はまあこんなものだろうって感じかな。
いろんな謎ときもあったり、謎解きに至るまでは、またいろいろとあるわけですが・・・。
タイトルでWolfという言葉にこだわっていた訳も分かりました。
さて、と読み終わったところで・・・。
この小説は、タニス・リーがジュヴナイル向けに書いたファンタジー(サイエンスフィクション?)の一つだそうです。道理で、平たい地球シリーズともかなり違う感じです。とはいえ、あのシリーズの耽美的?とも言える文体や物語も、訳者による日本語訳でしか、私は読んでないわけですが・・・。原作をそのままに読める人にとっても、受ける印象は同じなんだろうか・・・。
ジュヴナイル。たしかに、そうだと思う。日本語版の表紙なんて、「いわゆる」女の子向けのような表紙だし。ただ、そうすると、この本は、誰に売れるのかなあとも思う。
だって、ねえ。
ファンタジーというかサイエンスフィクションを女性がフツーの女性がどれくらい好むかなあとも思う。
また、この本の価格。1冊千円を超える価格のこの本をこの本の対象と思われる小学生とか中学生とか高校生とか?がそう簡単に手にとれるだろうか?
でも、表紙は可愛いから、手に取るかも?
ただ、産業編集センターから発売されているけど・・・、そもそも、本屋に置いてくれるのかな? 女の子達が本を買おうとする場所に置かれているだろうかという心配がある。
とはいえ、ハヤカワ文庫で出ていても、それはそれで・・・。
まあ、女の子って言葉を繰り返してしまったけど、物語の主人公であり、このお話の書き手が女の子ってことになっているから、やはり、そうだろうと思う。
おそらくは、普通は、私のように、タニス・リーの物語が好きで、本の値段が少しくらい高くてもいいやって感じの人が買うのだろうと思う(まあ、実際、千円ちょっとというのは、高すぎもしないとも思う。全巻そろえると5千円いきますが・・・)。
そうすると、本来の対象であった人たちの手に渡るのは・・・、図書館くらいなのかなあという気がします。
まあ、それはともかく、面白いお話ではあったと思います。
ところで、原作の方の表紙はどうなのかなあと思って調べてみました。
よく、日本語版の絵を見なれている者から見ると、ショックを受けることがありますが、この作品は、そうでもないみたいです。
Dutton Childrens Books版やFirebird版では、クライディ(Claidi)達の顔の絵が見られます。そんなには違和感ないかも。これはこれでよいのかもしれません。でも4巻とかのセンスは、ちょっとアレかもしれないけど。それと、2巻のタイトルがWolf Starとなっていて、Riseがついていません。よく見たら、3巻のタイトルも違ってるね。4巻の表紙は・・・、お見せするのは自主規制します。おっと、1巻のタイトルも違ってたよ。
Hodder Children's Books版の表紙は、また違った感じで、むしろ、これはこれでとてもいい感じです。うん。こういう表紙はいいね。どうやら、日本語訳の本に書いてあった原題はこちらのもののようです。4巻の表紙は、上で自主規制しましたが、受ける印象はまったく異なっていますが、モチーフとしては、とても似ているかもしれません。
2005年06月29日
二人のクライディス
ただ、原題のQueen of the Wolvesというタイトルは、どうかな。
私としては、Queen of the Towerだったら、良いかな〜と思う。どうかな?
ちなみに、ここで言う、Queenとは・・・。
ああ、でも、Wolvesというのは、複数形で、だとすると・・・。うーむ。どうだろ?
お話の内容は、なかなか、なかなかですよ!
だいたい1巻の終わりで、あーよかったとホッとしたのもつかの間、2巻のはじめでは、意外な展開が待っている。それは、2巻から3巻でもそう。
きっと、3巻から4巻でもそうに違いない。
ちなみに、4巻のタイトルは、
翼を広げたプリンセス(Wolf Wing)
です。
どうも、タニス・リーは、Wolfという言葉をキーワードにしているみたいですね。
うん。ウルフタワーシリーズは結構面白いと思うよ。
平たい地球シリーズとは、まったく違った感じのお話ではあるけれど。同じ作者なの!?っていうくらい。
2005年06月27日
星の継ぎ人たち
1巻めの半ばくらいまで、うーん、どうかなあと思っていましたが、結構面白くなってきました。
タイトルは、
1巻 ウルフタワーの掟(Law of the WOLF TOWER)
2巻 ライズ 星の継ぎ人たち(WOLF STAR RISE)
といって、第2巻はなかなか洒落た日本語タイトルを付けています。
ただ、このタイトルがぴったりかというと・・・どうだろう?
最近は、映画などのタイトルは、そのままカタカナ読みさせる場合が結構あって、
ロード・オブ・ザ・リング
それはそれでいいのかもしれないけど、やはり、指輪物語
このタイトルの場合は・・・、ウルフ・スター・ライズ・・・というのも、どうだろーって気もするから、まあ、ライズ 星の継ぎ人たちでもいいのかもね・・・。ううん。でも、なんか違う気がする。星の継ぎ人たちって誰よって感じ。
ところで、思うのは、翻訳というのは、どこまでいっても翻訳で、原文ではない。
だけど、原文がなければ、翻訳は成り立たないし、では、この日本語の物語は何? ということになる。
私は結構、翻訳した物語も好きで読んでいる。
たとえば、歌の場合、歌の性質上もあるんだろうけど、翻訳した歌はもうかなり別物って感じがする。歌っている人というのが重要なファクターというのもあるんだろうけどね(洋楽を日本語訳した歌を歌うのは、きっと日本人だし)。
歌ではなく、詩の場合はどうだろう。詩の場合、素敵な詩は翻訳した詩も素敵だと思う。でも、原文がなければ成り立たないけど、日本語訳された詩は、やはり、元のものとは別物だと思う(場合によっては、翻訳したものの方が好きってこともあるかもしれない・・・)。
そう考えると、映画の吹き替えはかなりのハイブリッド・・・。
ああ、そういえば、ニューヨーク・シティ・セレナーデ
ウルフ・タワーの話に戻りますが、このお話を記しているクライディは、心の中で思い描く遠い世界の誰かに語りかけるということで、日記・日誌・ノート・手紙? を書いています。その架空の人物というのが、すなわち、読者であり、私でもあるわけですが、それは、少し成功していて、呼びかけられると、少しドキッ
第3巻は、二人のクライディス(QUEEN OF THE WOLVES)というのですが・・・。
このタイトルにも思うところはあるのですが、続きは読んでから、ということで。
2005年06月23日
ウルフ・タワーの途中
このお話は、日記の形式をとっています。
私は日記の形式というのは、既に結果が分かっている人が書いているという点で、それほど読みたいと思う形式ではありませんでした。
日記の形式の場合、少なくとも、その日記を書けるという状態にはなるということが明かだからです。
小説を読んでるときに、これからどうなるだろうって思って読んでるのに、結果が先に示されてしまうのはどうかと。
そういう形式のお話も少なからずあると思うけど。
そう思ってたのだけど、このお話を読むにあたっては、そんなことは気にならなかったのは、なぜだろうと思ったら、きっと、日記の形式というのは、プログに似ているからだろうと思いました。
まだ、途中なので、このお話が面白いと言えるかどうかはまだ未知数です。でも、全巻買ってしまったけどね・・・。
先にお話の一部を示すと言えば、プリズンホテルというお話があります。
これは、お話の中のセリフの一部を、その章の扉に示します。
私は、その部分を読まないようにしてました。少なくともそのセリフが出てくる状況になるのは明らかであり、話の展開が限定されてしまうから。
ところで、本は移動手段になるって以前に書いたけど、プリズンホテルを電車の中で読むのは要注意です。
人前で泣くのが平気な人なら大丈夫でしょうけど。
あ、といっても、悲しいから泣くというのとは違うと思うので、その点は安心してください。
私は電車の中で一度読んだところを読み返しただけでも、ヤバい状態になってしまって、本を閉じました・・・。
2巻くらいならまだ大丈夫かな・・・。3巻からがキケンです(T◇T)
読むときにはお気を付けください。
セリフの一部が先に示されるというのも、読み返すときにはいいかもしれませんね。
2005年06月20日
黒い虹
ここまで読んでも、まだ序章のような感じがする。
でも、続きを読んでみたい感じだ。
ただ、続きがいつでるかだねえ。
そういえば、原作の漫画の方
2005年06月18日
移動手段
本があれば、移動が楽になる。
電車に乗っている間でも、面白い本を読めれば、たとえ、座らなくても気にならない。
つまり、面白い本があれば、移動にかかる負担をかなり度外視できる。
どうせ面白い本であれば、家にいても読むから。
音楽もそういう面がある。
どちらかというと歩いているとき。
でも、音楽は私にとって、生活のBGMであるから、普段の生活の中で音楽だけを聴くというのは稀である。
だから、移動手段となりうるのは本である。
ただ、問題なのは、面白い本の場合、読まずにとっておくことができない。
家にいても、読んでしまうから。
そこで、電車の中でもパソコンができればいいのでは、と考えた。
どうせ家でも、パソコンを触っているのであるし・・・。
移動時間であるからこそ、家とは違うこともできるだろう。
とも思って、ソニーのVAIO SとかTが欲しいなあと思っていたのだけど、そうは言っても、平日の移動時はあまり使わないと思う・・・。
なぜかっていうと、朝は、眠眠症
火曜日は、週刊アスキー
水曜日は、少年サンデーと少年マガジン
木曜日は、ニューズウィーク
と読む雑誌があるし、
月曜日と金曜日には、それ以外の雑誌
ASAHIパソコンとかデジタルカメラマガジンとかデジタルフォトとか・・・。
それに接骨院の先生からは、あまり下を向かない方がいいと言われているし・・・。
そう思うと、二の足を踏んでしまうのです。
iPod買ったし。ああ、iPod・・・。ちゃんと動いてくれよう。
なんて書いてたら、定期購読しているデジカルカメラマガジンが届きました(^_^)
さて、出かけるとしよう。
2005年06月17日
まだ買ってない本
( ´_ゝ`) ハァ・・・
さて、amazonを見てたら、まだ買ってない本があったので買おうと思う。
ベニー松山は、昔、ゲーム雑誌のヒッポンスーパーで、ウィザードリィの小説を連載していて、それが妙に面白かった。その後、バスタードの小説を書いてたのは知っていたが、売っているのを見たことがなかった。それで、これを買おうと思う。2巻
笹本祐一は、妖精作戦の頃から好きでした。ARIELも一応全部読みました。でも、なんか、以前は最先端というか未来を感じさせた話ばかりだったのに、なんか今は、むしろノスタルジーっぽい。時間的にあんまり長く続いたからだろうなあ。現実世界の時間が経っているのに、登場人物はそのまま。舞台が現代なだけに、そう思うんだろう。あ、ガラスの仮面
そういえば、タニス・リーも結構好きだったことを思い出した。最近読んでなかったので・・・。やはり、平たい地球シリーズが最高ですけど、これはどうでしょうか。買ってみます。
2005年06月11日
グインサーガ102巻
最近では、イシュトヴァーンの話になると、あまり読もうという気持ちにならなかったのだけど、これからは、読む気になりそうだ。
102巻かあ。読む方はあまり実感ないんだよね。
これがすごく長い物語であることは確かな筈なんだけど。
もっと少ない巻でも、これ以上に長いと思う物語はあると思う。
なんでだろう。読みやすいからかな。
ネコソギラジカル(中)
今回の頭文字Dは・・・、車が走ってるのが好きなら面白いかもしれない。車が走ってばかりいるのは本当のレースを見れば十分な気もするけど・・・。
それで、ネコソギラジカルですが・・・、
「ええっ!」
て感じの展開といおうか、なんといおうか。
まあ面白いわけですが、多分、既存の小説では、こんな展開はあまりないだろうと思われる。でも、まだ、途(中)なので、これからどうなるかは分かりませんが、でも、話はもう別の方向に行くような、でも、そんなことはないかもしれないし・・・。
グインサーガ102巻は、これから読むことになります。
でも、今日当たりは、これから床屋に行こうかなとも思っています。
2005年05月23日
グインサーガ101巻
マリウスが久しぶりにいい感じに書かれていたので、少しほっとした。
イリスとマリウスの頃は、とてもいい感じだったからねえ。