2005年07月06日

ネットに書かれていることは真実か?

インターネットの普及によって、本当に便利になった。
仕事上でも、ちょっとしたことなら、すぐに調べられてかなり時間が短縮できる。昔であれば、同じ成果を得るためには、それなりの準備と時間が必要であったろう。
もうネットのない環境は考えられないだろう。

私はテレビはほとんど見ないが、パソコンの前には結構いると思う。
仕事上でも、プライベートでも。

パソコンの中には、写真も音楽も文章もいろいろな情報が存在し、ネットとつながることによって情報量は莫大なものとなるし、コミュニケーションまでも可能だ。

さて、たとえば、テレビや新聞で言っていることをそのまま真実と思ってはいけないと言われる。
検証しないで、鵜呑みにするのは危険だ。
かといって、何もかも検証していたらキリがないから、その内容の論理性とか、そういうところである程度判断することもあるだろう。

では、ネット上にある情報はどうだろうか?

ネット上では、いろいろな情報があり、しかも、異論、反論、暴論、反証、ゴビュウ、嘘、本当、とさまざまである。
つまり、ネットでは、多様な見方・考え方が示されるため、ネット上から情報を集めるだけでも、一面的な見方ということからは、免れるのではないだろうか。

しかし、例えば、歴史的なものについて、実際に現地を訪れないで、論文を書き上げるとしたら、それは何か違和感を感じる。

ただし、文献を元に論文を作成するということは以前からあるだろう。
よく言われるのは、孫引きはいかんということで、原典に当たれよと。
ネット上であれば、原典にアクセスすることもそんなに難しいことではないように思える。
たいていの活字であれば、それは、電子化されたものであっても同等と考えて良いだろう?
もちろん、モノによるが、その割合はかなり大きいものになってきていると思う。

結局、何が真実にもっとも近いのか、というところを判断する方法が大事だということなのかもしれない。

ただし、いろいろな情報があっても、やがて、淘汰されて真実に近いものが残っていくような気がする。

そうすると、ある程度時間をおいてみるのも一つの手かもしれない。
いわゆる定説ができてくるという考え方。もっとも、定説を疑えというのもあるだろうけど。

テキスト化された原典であれば、ネットを使って原典を自分で見てみるのもいいだろう。場所が重要な意味を持つのであれば、ネットで「その場所へ行く方法」を調べて実際に行ってみてもいい。

何が言いたいかというと、今まで、マスコミの情報を鵜呑みにしてはいけないよと言われてきたと思う。
だが、テレビや新聞もあまり見なくても、ネットを見ている人はどうなのだろうか、ということである。
ネットだけで真実に近いところに達することができるのか?

でも、本当は、相互に補完的なものかもしれない。
新聞・雑誌あるいは本は見やすいし、内容も分かりやすい。テレビからの発信はあまりに一方的な感じがするので、どうかと思うが、新聞、雑誌、本ならいいだろう。
そして、興味をもったことについて、ネットで調べるのだ。
そうすると、新聞・雑誌だけでは見えなかったものが見えるのではないかと思う。
それでも、調べたりないときは原典にあたったり、直接取材したりするのだろう。そして、それをネット上で発表していけば・・・。
なかなか理想的かもしれないですね。

あるいは、それは、もう普通に行われていると言ってもいいのかもしれない。
posted by にしにゃー at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | IT | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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